Emu’s blog

よくある日記

あなたのいない時間が憂鬱で仕方がない

ネットを見ていた。弛れた時間を過ごしている。見ていたのは、アップローダーというサイトだった。誰でも手軽に画像や音楽、動画ファイルをネットにアップロードすることができるというサイト。アップロードすると、URLが手に入るので、それを人に知らせるのだ。そうやって誰でも自分のあげたものを見せることができる。だから、鍵付きでなければ他人があげた音楽や写真を誰でも覗くことができた。それらをてきとうに開いて眺めている。するとここで妙な空想をする。

男がサイトを見ていた。いつもの暇つぶしに、てきとうに全くの見知らぬ人の写真や音楽、動画を鑑賞している。たまに大量のゴキブリが這う映像のようにぎょっとするものもあったが、大抵はペットの写真や、料理の写真などほっこりするようなものが多かった。気にいるとなんともなしにダウンロードする。その中で気にかかるものがいくつかあった。自分の家を周辺の場所を含めて撮影したものや、これから飲みますという貼り紙と一緒に写った大量の薬の写真。そして、毎日決まった時間にアップされる料理の写真。なぜ毎日同じ人が同じ時間にあげているのが分かるかというと、テーブルクロスの柄が毎回同じものであったからだ。色は違っていることもあるのだけど、柄が同じだったのですぐに同じ人だということが分かった。いつもアップしているのを他の「常連」も把握しているようだった。その人の写真だけ、ダウンロード数が妙に多くなるからだ。このサイトにはコメント機能というものがないので、人との交流はできない。けれども、自分のように暇つぶしに利用している人が多いらしく、面白い動画や魅力的な音楽は特にダウンロード数が伸びていた。夕食の写真の主はきっと女であろう、と男は予想する。テーブルクロスの柄と食器、盛り付け方が可愛らしい。料理の彩りも考えられているし、テーブルクロスの色が毎回違うのでまめな人であることが分かる。でも、どうしてまたアップローダーというサイトにわざわざアップするのだろうか。恋人や夫に見せるためならラインやスカイプツイッターフェイスブックなどいろいろあるだろうに。

とここで、空想が途切れる。この主人公と写真を撮る女をどうにかうまいこと結び付けられないかと考えたが、アップローダーというサイトを利用するシーンというものが特殊すぎて、この調子では出会わすことがかなり無理くりな感じがする。でも、このアップローダーというサイトを通じて他者とコミュニケーションを図ろうとする試み自体は面白いのでメモ代わりに載せておきたい。

今日は弛れた1日という感じがする。気分まで弛れてきたのでアイスコーヒーを飲んで切り替える。陰鬱な空を想起するような話を読む。最初の場面では明るくて陽も差していたような気がする。文章としてそういうものがあったかどうかはもう記憶にないが。ところが、場面を追っていくと次第に雲が出てきて、陰鬱になってしまった。なんともいえない気持ちで文章を読み終える。

あなたのいない時間が憂鬱で仕方がないような、そんな気がしてしまう日だ。普段はいない時間も楽しめているし、前向きに捉えていることが多いのだけれど、今日はなんだか気持ちが荒んでいる。早くして寝た方が良いのだろうなという感じがする。

朝憂鬱な自分の替え歌を読んだせいだろうか。それともPMSのせいかな。おそらくはPMSだろう。豆乳を飲んで落ち着きたい。

昔の詩を読み返すと意味不明な部分もあるけれど、言葉というのは素直な自分の心を映しているところがあって、今読めば「やはりな」と思うことがある。詳細に何とは言わないけれども。やっぱり「彼」といるとき私は独りだったんだろうなと思う。

今音楽に乗せてなら何か新しく言葉が出てくるかもしれないという気分になった。こうなると居ても立ってもいられない。というわけで足早に日記を閉じることにする。

 

『おはよう』

 

ひとりぼっちだよ

君が現れてからも

凍える心ふたつ

温め合えているの?

 

「孤独」を癒やす僕らの

孤独とはその程度か

幸せ 感じられても

満たされない

 

君からのおはようと

僕からのおはようが

連なる電子空間

これからも続いていけば良いけど不安になる

永遠はない

 

変化に怯えて

傷つきたくなかったよ

今は受け入れている

受動的だけどね

 

求める都合の良さや

変化を侮っている

僕らの狭い夢は

そっとそっと醒めて壊れて消えた

 

「愛するとは何か」考えている君と

考えない僕の溝は埋まらない

 

「おはよう」

小鳥の囀りと共に今日が始まって

君からの「おはよう」がいつもの様に来たら

灰になる言葉と再び生まれる言葉見て

笑顔になる

今日におはよう