Emu’s blog

よくある日記

ため息が出るほど甘美な時間を過ごしている

「お箸を一膳ください」

「あっ」と心の中で声を上げる。「一膳」なんて言葉ついこの間まで気恥ずかしくて使えないと思っていたのだった。前までは「ひとつ」という言い方をしていた。親に箸を取ってほしいと頼まれた時、確か「ひとつ」と言われた気がする。でも、「ひとつ」じゃまるで子どもだ。あるいは言葉にせず、指でひとつ、ふたつと示していた。「一膳」という言葉があまりに自分の生活に馴染んでいなかったので、コンビニで初めて耳にしたとき妙に映ったものだった。そうか、箸はそういう単位なのか。いちぜん。いちぜん。いちぜん…。

新しい言葉に触れてから自分の中でしっくりくるようになるまでにかかる時間は言葉による。「淘汰」はわりと馴染んできたけれど、未だに「邂逅」は馴染んでいない。「一膳」はそんなに難しい言葉ではないのに時間がかかった。だから、今日のようにナチュラルに使えたことに内心驚き、喜んだ。今日は「一膳」がなんのひっかかりもなくいえた記念日だ。

そんなことを思いながら買い物を終えて家に帰ってきた。買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込む。小松菜を見つける。何のために買ったのか分からない。たまたま安かったというだけだった。LINEがピコピコ鳴り、光っている。嬉しい。

なんとなくチーズケーキを作りたくなったのでそのために買い物に行った。チーズケーキはお菓子作りの中で最も簡単に美味しく作れると思っている。しかし、どんなに頑張っても家で作るチーズケーキは同じ味がする。おそらく材料の選択肢があまりないのと、美味しく作ろうと思ったらもっとたくさんの工程を踏んで、良いオーブンで焼かなければならない。差が出にくいという意味では初心者向けのお菓子だろう。

クッキーをくだいて溶かしバターと合わせ、クッキー生地を作る。お手軽だ。そして全ての材料をフードプロセッサーにかけて型に流し込む。オーブンに入れて焼く。なんて簡単なんだろう。

簡単すぎて、これだけでは満足できないと思った私はオルゴールアレンジをして遊んでいた。彼は読書をしている。話している時間も楽しいが、こういう時間も好きだ。そして彼の文字が書かれた写真を見つける。ニヤニヤする。相変わらず美しい。普段使わない言葉が並んでいる。ああ、彼はこういう言葉にも親しみがあるんだなあ。敵わない。そんなことを考えながら試行錯誤してようやくオルゴールアレンジが出来上がる。すぐに聴いてもらう。はあ幸せ。

ため息が出るほど甘美な時間を過ごしている、気がする。いつまでも続けることは不可能であろうこの状態を私は噛み締めている。

「コーヒーは最初の一口 甘いケーキの端っこ

ポテトは揚げたてにして美味しいとこは少しだけ」

チーズケーキを食べた。家で食べるチーズケーキの味だった。その味にほっとしながら、もっと美味しいものが作りたい、今度は手間をかけてみようとなどと思う。

カーテンを開けた。今日は月が綺麗なはずだ。「はず」というのは暦の上でそうだからだ。でも私はイメージの中の月を見ていた。空は暗い。本当の月は見えないでほしい。見えなくていい。表象(イメージ)を大事にしたい、そんな時だってある。