Emu’s blog

よくある日記

貴方との終わりを見つめる覚悟

―いつかの記憶。

「僕は何をどこで間違えたのでしょうか。」

眠れない夜だった。「さみしい」と珍しく弱みを見せた人がいた。どうしたのだろう、とリプライを送ってみる。返事があったことに私は少しほっとする。

「酔って寝ようとしたらたまらなく寂しい気持ちになりました。いろいろと呟いたことで落ち込んでいます。」

そんなに何か落ち込んでしまうようなことを呟いたのだろうか。読み返してみるも、よく分からない。ただ何か苦しいことだけは伝わってくる。私はDMでさらに事情を聞こうとする。でも返事は来ないかもしれない。この人とはあまり話したことがなかった。つい数日前、私が「告白」しただけの相手。「文章から伝わる心に惹かれた」という内容だった。愛の告白ではない。私なんかより、きっと他に話したい相手がいるのだろう。そう思っていたので期待はしていなかった。ところが予想に反してDMが届く。

「僕も少しの告白をしてもいいですか?すいません、すぐに忘れてくださいね。」

すぐに忘れろと言われて忘れられる人がどれほどいるんだろうか。返って強調されてしまうであろうこの後にくる内容に身構える。怖さもあった。自分ではどうしようもないことを言われるんじゃないかという傲慢ともいえるその考えを振り払う。私は話を聞くことしかできない。うんうんって聞いてあげることしかできない。自分に言い聞かせる。私はすぐに解決策を探してしまう悪い癖があった。この人がどちらの対応を求めているかは明白だった。仲良くないような私なんかに話すことだ。忘れてほしい、というほどだ。きっとただ聞き入れてほしいだけ、いや、聞き流すだけで良いはず。あれこれ考えているうちに長文のDMが届く。

「僕はすごく孤独です。誰かに愛されたいし、誰かを愛したいです。でも、一般に言われている愛は汚いと思います。空想で綺麗な愛を描いても、すぐに批判の目を向けてしまい、そのせいで自分の汚さが露わになってしまう。苦しくて苦しくて潰れてしまいそうです。肉体的な愛の表現を欲しているものの、それを感覚で美しいと陶酔することができないのです。僕は、表現によってその問題を解決しようとしていますが、出口が見つからずに苦しんでいます。他者の醜さは受容できても、自分の醜さは受容できません。それは僕が未熟だからだと思うんです。もう少し辛抱してさえいれば、なんとかなる気はしているのですが」

聞き流せる内容ではなかった。予想の斜め上をいく内容だった。こんな重大なことを私なんかに聞かせて良いのだろうか。忘れてくださいと言われた意味が少し分かった気がする。これはもっと親しい人に話すべき内容だ。

潔癖な人だ、と思った。美に固執しているような感じがする。そして、孤独だった。愛に触れられない、仮に触れる時を想像しても、それに陶酔することができない。なんて苦しいのだろう。私にはない感覚だったから、正直なところあまり共感できる話ではなかった。でも、想像するにすごく孤独で苦しいのは分かる。

「苦しいと今ここで発することで、その苦しみが少しでも緩和されれば良いのだけど。」

そう言うと、思ってもみない返事が来る。

「苦しいと発することで誰かが苦しんでしまうかもしれないことが苦しいです。」

何なのだろうこの人は。ずっと1人だったのだろうか。私は好んでその苦しみを聞いているし、できれば共感したいと思っているのに。その意に反して、いやそれを分かった上で言ったのだろうか。

「一緒に苦しみたいと言われたら?」

「そんなこと言ってくれる人がいるのでしょうか。」

今までいなかったのだろうか。少なくとも私は今どうにかしたい思いでいっぱいだ。

「いますよ」

即答してしまった。それは自分がそういう気持ちになっていたから、確信がある故に言った言葉だったが、関係性を何も考慮せずに言ってしまい、迂闊であったなとすぐに猛省した。その後少し距離を取って修正した。というか距離を取られた。そして会話は終了した。

―「僕は何をどこで間違えたのでしょうか。」

何も間違えてはいないし、今は何も起こっていないと思われるのに、どうしてこの人は悩んでいるのだろう、とこの言葉を言われて変な気分になった。私が何か見落としてきたことなのか、それともこの人と同じようにこれから私が直面する問題なのか。

良くは分からなかった。見えた解決策は、事実を受け入れて「成熟」することだった。私が若い時、同じテーマではないにしろ愛について悩んだこともあったような、と思い出した。抱き合っている最中に号泣して相手を困らせたっけ。「貴方との終わりを見るのが怖い。覚悟ができない」などと意味不明なことを言ってみせたっけ。遠い記憶だった。

愛における美なんていまだに分からないのだけど、近似の悩みがここ最近姿を見せる。

「確かなものを求めているのですか」

自分の言葉だ。そんなものはない。「割り切れないよ。」と相手は言った。その通りだった。何年経っても「貴方との終わりを見つめる覚悟」なんてできやしなかった。それは死別でも、生き別れでもそうだ。いつか裏切ってしまうかもしれない自分がいるのが怖い。「愛が歪んでしまう。」そう言われた。その通りだ。怖い。でも、実際はその一歩先を行っていた。「それでも今貴方が好き」。この気持ちに尽きる。この気持ちさえ手元にあれば、あとはどうとでもなる。どうにかしていく。今貴方が好きなのだから。

…結局この人は今どうしているのだろう。悩みは解決したのだろうか。今まさに悩んでいる最中なのか。私の知る術はなかった。この人はもう私の知っていた人ではなかった。そう、すっかり変わってしまったのだ。だから、聞くことができずにいる。あの頃に戻っても聞けることでないし、もし平行世界が存在して、この人が変わらずに今いるのなら、「最近どうですか」なんて当たり障りのないような言葉をかけて、聞き出してみたいものだ。